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最終更新日 2016年2月24日

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旭山動物園ヒストリー

昭和42年7月1日、日本最北の動物園として開園した旭山動物園は、
多くの旭川市民と各地からの来園者に親しまれ、
平成28年7月で49周年を迎えました。
そこで、開園当時からの歴史をふりかえりたいと思います。
各年ごとに表記していますので、どうぞご覧下さい。
開園、草創の時代(昭和42年から昭和51年)

遊具の時代(昭和52年から昭和61年)

冬の時代(昭和62年から平成8年)

リ・スタート、躍進の時代(平成9年から平成18年)

開園40周年 そして、未来の子供達へ

to be continued.

日本最北の動物園が誕生するまで

旭川市に動物園を作ろうという動きは昭和30年代の初期からありましたが、具体的になったのは昭和39年のことでした。
候補地は、旭山、神楽岡、神居、春光台などの中から桜の名勝地として知られている旭山公園に隣接し、旭川市内や上川盆地、大雪の山々が一望できるとあってここ旭山が選ばれました。
当時の建設のテーマは「日本のどこにも見られない北方特有の動物園に」そして「北国の短い夏を動物と楽しみながら存分に満喫できる開放感のある動物園に」ということでした。また、旭川市が作成した「楽しい旭川動物園のデッサン」には、「将来の構想としては淡水水族館併置も考えてみてはどうか。ヤマベ、イワナといった魚でさえ、今日ではその生態を見ることは困難です。これらが実現することによって、単なる動物園というより、楽しい北国の自然博物館としての役割も果たしてくれるでしょう。」とその将来像を描いています。
ところが、市議会では厳しい市財政のなかで、動物園を作るのは時期尚早であると反対意見があり難航しました。
補正予算本会議では、一票差でぎりぎり可決というような状況でした。その頃、動物園に対する市民の熱い思いが高まり旭川市動物園建設協力会が結成され、さらに動物園アイディア協力会も生まれて、動物園づくりは市民ぐるみの運動となっていきました。
こうした経過の中で、旭山動物園は当初の予定より一年遅れて昭和42年にスタートを切りました。