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どうぶつえん日記

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ゲンちゃん日記・令和2年11月「ケンの死に寄せて」

ゲンちゃん日記・令和2年11月
「ケンの死に寄せて」

ケン

     (ケン(左)とマース)

 オオカミの森がオープンしたのは平成20年でした。同時にオオカミの飼育を12年ぶりに再開した年でもあります。

 昔旭山動物園では3亜種のオオカミを飼育していました。小獣舎という現在の両生は虫類舎の場所にあった獣舎で飼育展示していました。とても狭い展示用の檻が並んでいる施設で、「イヌみたい」なオオカミの姿だけしかみてもらえない施設でした。繁殖にも取り組み成功していたのですが、出産が迫るとメスを隔離し仔が生まれ生後一ヶ月ほどたってから初めてオスと同居をする、という方法でした。育った子は他の園館に出て行きペアだけでの飼育が基本でした。オオカミが持つ本来の習性や社会性の形成を促すという点では全く失格でした。その点は重々承知だったのですが物理的にそれしか選択肢のない施設でした。年が経ち平成8年に最後の個体が老衰で息を引き取りました。忘れもしない来園者数がどん底になった年です。換毛もうまく行かず「ぼろぞうきんみたい」「こ汚い野良犬?」そんな声が聞こえる中での最後でした。閉園のアナウンスの時に聞いていた「遠吠え」の声は今でも忘れられません。

 動物園があり動物がいて動物をつまらない存在に変え来園者が減り閉園に追い詰められる。だから見飽きられたら目新しい動物を導入する…その繰り返し。果たしてこれが動物園であっていいのだろうか?

  あれから12年、「つまらない」で終わらせてしまったオオカミの飼育を再開したい、つまらないままで終わらせてはいけない。そんな思いとともにオオカミの飼育を再開しました。オオカミは基本ワンペアーをリーダーにその子供たちとともに高度な社会性を持ったパックと呼ばれる群れを形成します。姿形のオオカミではなく群れで生きるオオカミを観てもらおう。それがオオカミの森のコンセプトでした。動物園の施設の多くは放飼場と寝室で構成されます。夕方寝室に収容し朝放飼場に出すが基本です。いざというときに寝室に収容できる関係を構築しておかなければならないのですが、考え方を変えて放飼場(テリトリー)でほぼ終日すごさせ餌は寝室で与える(擬似的な狩りの場)飼育方法をとることにしました。ケンとマースのペアでの生活が始まりました。協働での巣穴作り、マースが出産するとケンが餌を運び、離乳が進むとケンは寝室で食べた餌をマースと子供たちに吐き戻して与えました。仔が成長し次の年、兄姉も子育てに加わり特に姉は子守りも積極的に行いました。ケンは常にその中心にいました。ケンとマースそしてその子供たちがそろって遠吠えをする姿はまさにオオカミそのものでした。

 そのケンが10月10日息を引き取りました。13歳でした。一昨年前から運動機能の衰えが目立ち始めていましたが、最後までリーダーとしてのプライドを持ち、群れの調和を図り続けました。9月に入り急速に衰えが進行し、緩やかに息子のノチウがメスたちの和を保つような行動を取るようになり第一位の移行が進みました。ケンの衰えに戸惑うノチウの行動が印象的でした。死の一週間前、後躯麻痺の進行、ハエがたかるなど群れから隔離せざるをえない状況になりましたが、緊張から解放されたかのように終始穏やかな表情目つきで食欲がなくなっていきました。我々が行う体位交換や飲食の補助も受け入れました。

 生き物の飼育は必ず死で終わります。どのような死を迎えさせることができるのか、命を預かる者として常に意識しておかなければならないことなのだと思います

令和2年11月18日 

旭山動物園 園長 坂東 元