彫刻美術館だより vol.10 (2026年6月発行)

情報発信元 文化振興課

最終更新日 2026年6月30日

ページID 084372

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タイトル

彫刻美術館だより Vol.9

館長よりごあいさつ

創作するよろこび
皆さま、日ごろより当館をご支援いただき、誠にありがとうございます。
今年度は「何度も足を運びたくなる美術館」を方針に掲げ、いつ来館しても気軽に創作を楽しめるコーナーを継続設置しています。

現在は石に「みずべのいきもの」を描くコーナーが好評で、毎日、小学生を中心に創作を楽しんでいます。
また、今年度、「美術館クラブ」を新設しました。第 1 回ではビー玉を転がすアクションペインティングに挑戦。

参加した皆さんは理想の色を求めて絵の具を混ぜ合わせ、偶然生まれた形から新たなイメージを見つけながら、終了時間まで熱心に制作に取り組んでいました。
その姿を見て、「つくりたいものを思い描く力」と「自分だけの世界を表現したいという気持ち」は年齢を問わず誰もが持つものだと、あらためて感じました。

それを形にできたときの喜びは、人間の豊かな創造力の表れではないでしょうか。
創作を体験することは、作品を見るだけでは気づかなかった作家の工夫や表現の楽しさを知るきっかけにもなります。当館は、鑑賞と創作を通じて、作家や作品への共感を深められる美術館を目指しています。

皆さまのお越しをお待ちしております。
館長 南雲 貴史

ボランティア

旭川彫刻サポート隊

野外に設置してある彫刻を良好な状態に管理するため、清掃活動や周辺環境整備、ワックス塗布など、彫刻清掃を行うボランティアの会「旭川彫刻サポート隊」が、平成14年7月に誕生しました。
現在は約110人の方が活動しています。皆さんが日ごろ目にする野外彫刻は彫刻を愛する人たちによる旭川彫刻サポート隊の手によって、より輝きを増しています。
あなたも活動に参加して彫刻に触れてみませんか。参加を随時受け付けています。
活動の詳細については彫刻美術館までお問い合わせください。

催し・講座

各イベントの申し込み・詳細についてはこちらから

彫刻家・山谷圭司×写真家・基敦   ギャラリートーク

出品作家二人による作品解説、制作エピソードなどをお話いただく、ギャラリートークを開催します。
日時:令和8年7月4日(土曜日)、午後2時~午後3時

彫刻教室

自然のカタチ 彫るカタチ 木を彫ってみよう!

旧市庁舎取り壊しの際に伐採されたポプラの木を材料にして、好きな形にカットし、それを彫刻刀で彫って作品を仕上げます。
日時:令和8年7月11日(土曜日)、12日(日曜日) 午前9時15分~正午(受付は午前9時から)
対象:どなたでも(小学2年生以下は保護者同伴)
参加費:400円
対象:小学生(3年生以下は保護者同伴)

館長の祝日講話 「はじめての『見ないで出会う』鑑賞会」

彫刻は、目で見るだけでなく、触覚や想像力を通しても豊かに味わうことができます。

本企画では、視覚だけに頼らず、触覚や想像力を手がかりに作品に迫る鑑賞会を開催します。

指先から伝わる質感や量感、そこに漂う気配をたどりながら、参加者同士の対話を通して作品について考え、感じたことを共有します。
日時:令和8年8月11日(火・祝)(1)午前10時~(約1時間)(2)午後2時~(約1時間)
対象:どなたでも(小学2年生以下は保護者同伴)

旧旭川偕行社で奏でる音出し会

本企画では、演奏者の皆さまに実際に演奏していただきながら、旧旭川偕行社ならではの音の響きを体感していただきます。

歴史ある空間で音を奏でる特別な体験を通して、建築の魅力や価値に触れていただく機会とします。
日時:(1)令和8年8月22日(土)(2)令和8年8月 29日(土)各日 午後5時~(約2時間)
対象:小学生以上、生楽器による小編成(5名まで)※18歳以下は保護者同伴

企画展

彫刻家・山谷圭司×写真家・基敦 ―静かな対話 Silent Dialogue―
本展では、旭川市出身で、現在上富良野町にアトリエを構えて制作活動を続ける彫刻家・山谷圭司(やまやけいじ)と、同じ上富良野町を拠点に活動する写真家・基敦(もといあつし)によるこだわりの作品世界をご紹介いたします。
二人は「石彫」と「銀塩写真」というアナログな技法にこだわって制作活動を続けています。

その一貫した姿勢からは、デジタルでは表現しきれない芸術世界を感じることができます。
歴史を振り返れば、中原悌二郎らが活躍した明治時代から、芸術家たちは写真というメディアを介して、彫刻作品と出会い、心を動かされてきた背景があります。
山谷圭司の彫刻家としての歩みを振り返り、過去の未発表作品や新作を含む彫刻作品をご覧いただくとともに、基敦による写真を通じて、野外彫刻を含む様々な彫刻作品に出会い、二人ならではの多角的な視点で彫刻世界に親しみ、二人の作品が織りなす、静かな対話を感じてください。
会期:令和8年6月12日(金)~9月23日(水)

彫刻家・山谷圭司×写真家・基敦

西洋美術小話

彫刻と絵画のパラゴーネ:命を与える技(1)

前回は、異なる技芸の優劣や高貴さを議論する美術理論的動向であるパラゴーネ(諸技芸の優劣比較論争)の概要について触れました。
今回は、この理論的動向が実際の作品にどのような影響を与えたのか、具体的な作例をご紹介します。
その代表的な作品の一つが、16世紀フィレンツェで活動した画家アーニョロ・ブロンズィーノ(1503-72年)による《ピュグマリオン》(1530年頃、ウフィツィ美術館所蔵)です。
本稿ではこの作品の典拠となった物語と画家の意図の概要について紹介します。
本作の文学的典拠は、古代ローマの詩人オウィディウスによる『変身物語』です。
この著作は、古代から現代に至るまで、文学・絵画・彫刻の着想源として用いられてきました。
なかでも彫刻と絵画のパラゴーネの文脈で特に注目されるのが、同書第10巻に登場する「ピュグマリオンの物語」です。
キプロスの王ピュグマリオンは、象牙を用いて自らが理想とする女性像を彫り出します。
ピュグマリオンは裸体だったその彫像に服を着せ、愛を囁き、生身の女性であるかのように恋焦がれます。
ピュグマリオンは女神ウェヌス(ヴィーナス)にこの彫像に命を与えてほしいと祈り、その祈りが聞き届けられ、彫像は人間へと変身します。
ブロンズィーノは、この「命を与える」という神業を視覚化するために「色彩(着色)」という絵画の技を有効に用いました。
ここで絵画の技は、神が起こす奇跡の技に重ね合わされているのです。
16世紀フィレンツェにおいて、彫刻の主な材料はブロンズか大理石であり、彫刻への着色は、その素材だけでは作品を完成させることができない、つまり自らの技術不足を露呈するものとして避けられていました。
そのため、彩色を用いずに無機物が温かい肌に変容する瞬間を表現することは、彫刻の技だけでは極めて困難なことでした。
ブロンズィーノは本作を通じて、彫刻には不可能な表現を達成することのできる絵画の技の優位性を主張したと考えられます。
次回は実際の作品を観察しながら、どのような特徴的な描写が見られるか、先に述べた文学的典拠であるオウィディウスの「ピュグマリオンの物語」と絵画上の描写とがどのように関連しているかを分析しつつ、画家の制作意図をより深く探っていきます。

中原悌二郎の生涯 コラム (1)   悌二郎を育てたふたりの父 

実父 中原忠四郎

明治 23 年(1890 年)、釧路が特別輸出指定港となると、道東随一の港町として発展はいっそう勢いを増しました。

忠四郎は叔父の茂助・茂七とともにこの活気の中へ移り住み、真砂町(現在の南大通)に店を構えます。

釧路川河口と幣舞橋に近いこの地は、多くの船が行き交う賑やかな商店街でした。
忠四郎は荒物雑貨の卸・小売業を営み、間口約 26 メートルの店舗と大きな倉庫を構えて手広く展開しました。

さらに漁業にも進出し、多くの漁師を率いる親方ともなりました。

出稼ぎ労働者が多く集まり気性の荒くなりがちだった当時の釧路で、内気だった悌二郎にとって、父の存在は大変恐ろしいものだったと伝えられています。

養父 中原茂助

開拓の槌音が高い旭川に茂助が移住したのは、明治26 年(1893 年)のことです。

町の中心部、2 条通 5丁目に店を構え、兄・忠四郎と同じく荒物雑貨商を営みました。
茂助は商いのかたわら、旭川のまちづくりにも力を尽くしました。

明治 35 年(1902 年)5 月、旭川町最初の町会議員選挙で常設委員 8 名の一人に選ばれて 3 年間務め、その後、明治 38 年から 42 年までの 4 年間も町会議員として地域の発展に貢献しています。

大正 9年(1920 年)の開村 35 周年記念式典では、開拓功労者として第 1 回の表彰を受けました。

家系図

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旭川市教育委員会 社会教育部文化振興課中原悌二郎記念旭川市彫刻美術館

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