旭川文学資料館 市内の文学碑

情報発信元 文化振興課

最終更新日 2025年12月8日

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※旭川市からのお願い 『アート♪文化応援基金』へのご寄附(ふるさと納税等)について

アート♪文化応援基金
アート♪文化応援基金

旭川市では、優佳良織の技術伝承の支援、「彫刻のまち旭川」の整備や文化芸術団体開催事業への助成など文化芸術の振興に関する施策を進めております。
これら文化芸術の振興に資する事業実施に当たり、皆様からのご寄附(ふるさと納税等)をお待ちしております。

詳細は以下のページに記載しています。

『アート♪文化応援基金』(旭川市文化芸術振興基金)

旭川市の文学碑

旭川市にゆかりのある文学者の言葉や、旭川を舞台や題材としてとりあげた作品の一節が刻まれたモニュメントについて、文学(文学碑)詩(詩碑)短歌(歌碑)俳句(句碑)川柳(川柳碑)の分類で紹介します。

市内に設置された文学碑(49基)の情報を掲載した『旭川文学碑マップ』は、旭川市文学資料館で頒布しています(1冊500円・「旭川市文学資料友の会」作成 ) 。

文学碑(建立年順)

徳富蘆花文学碑

徳富蘆花文学碑
碑文

蘆花「寄生木」ゆかりの地

建立

1958年5月24日建立

設置場所

春光台公園内(旭川市字近文5・6線3号~5線5号)

文学者

徳富蘆花(1968~1927)

小説家。実在人物の日記を基に青年将校の苦悩を描いた小説「寄生木」は、旭川の春光台周辺が舞台の一部となった。付近の旭川実業高校(旭川市末広8条1丁目)には蘆花が作品について詠んだ歌碑「春光台腸断ちし若人を 偲びて立てば秋の風吹く」がある。

平岩弓枝文学碑

平岩弓枝文学碑
碑文

人生は旅路

夫婦は鉄路

建立

1969年7月建立(2018年9月移転建立)

設置場所

神居大橋付近(旭川市神居町神居古潭)

文学者

平岩弓枝(1932~2023)

小説家・脚本家。原作・脚本を担当したドラマ「旅路」では旭川の神居古潭が重要な舞台となっており、碑文はドラマで描かれた夫婦の絆を象徴している。

知里幸恵文学碑

知里幸恵文学碑

碑文

銀のしずく 降る降る まわりに

金のしずく 降る降る まわりに

建立

1990年6月8日建立 

設置場所

旭川市立北門中学校校庭(旭川市錦町15丁目)

文学者

知里幸恵(1903~1922)

アイヌの口承文学を記録・翻訳した「アイヌ神謡集」の編者。短い生涯のうち13年を旭川で送る。碑文はその冒頭に収められている神謡(カムイユカラ)の一節。北門中学校は幸恵が当時暮らしていた場所に当たり、校内には「知里幸恵資料室 」が開設されている。

井上靖文学碑

井上靖文学碑

碑文

自分が五月に生まれたということも、幼少時代の私にはすばらしいことのように思われた。

母が時に五月の旭川の、百花が一時に開く美しさを語るのを聞いたりすると、私は誰よりも恵まれた出生を持っていると思った。

寒い間、母の腹中にぬくぬくと仕舞われてあり、雪がとけ、春の明るい陽光が降り始めると、私は母の腹中から飛び出したのである。

「幼き日のこと」より

建立年

1993年7月24日建立

設置場所

井上靖通り(旭川市春光4条2丁目)

文学者

井上靖(1907~1991)

小説家。旭川生まれ。碑文のとおり旭川のまちを取り上げた随想が多く、付近には書斎を移転・再現した「井上靖記念館」や妻・井上ふみが靖との生活を振り返った随筆の一節を記した文学碑がある。

三浦綾子文学碑(1)

三浦綾子文学碑(1)

碑文

風は全くない。東の空に入道雲が、高く陽に輝やいて、つくりつけたように動かない。ストローブ松の林の影が、くっきりと地に濃く短かかった。その影が生あるもののように、くろぐろと不気味に息づいて見える。

建立

2000年10月12日建立

設置場所

「外国樹種見本林」入り口(旭川市神楽7条8丁目)

文学者

三浦綾子(1922~1999)

小説家。旭川生まれ。碑文は代表作となった「氷点」の一節。旭川を舞台とする同作で、見本林は登場人物の心境や立場を象徴するものとして描かれた。碑と並んで「三浦綾子記念文学館」がある。

三浦綾子文学碑(2)

三浦綾子文学碑(2)

碑文

道ありき

建立

2014年6月28日建立

設置場所

春光台公園(旭川市字近文5・6線3号~5線5号)

文学者

三浦綾子(1922~1999)

小説家。旭川生まれ。碑文にある「道ありき」は自伝的小説のタイトルで、揮毫は夫・三浦光世による。 同作の中で、春光台公園は彼女の人生と信仰が転換する非常に重要な舞台となった。

安部公房文学碑

安部公房文学碑

碑文

「故郷憧憬」

安部公房は近一で学んだ

そして故郷喪失を文学に描いた

それが彼の故郷となった

建立

2014年10月17日建立

設置場所

近文第一小学校校庭(旭川市東鷹栖3線10号)

文学者

安部公房(1924~1993)

小説家・劇作家。両親が東鷹栖出身だったことから、一時期を同地で過ごし近文第一小学校(碑文にある「近一」)に通った。碑文・揮毫は、同じく東鷹栖出身であり親交のあった東京大学名誉教授・保坂一夫による

詩碑(建立年順)

小熊秀雄詩碑

小熊秀雄詩碑
碑文
ここに理想の煉瓦を積み
ここに自由のせきを切り
ここに生命の畦をつくる
つかれて寝汗掻くまでに
夢の中でも耕やさん
建立
1967年5月28日建立
設置場所
常磐公園(旭川市常磐公園)
文学者
小熊秀雄(1901~1940)
詩人。旭川で新聞記者として働く傍ら、詩歌のほか童話や絵画など多彩な分野で才能を発揮した。碑文は遺稿「無題」からの抜粋、題字は詩人の壺井繁治による。9条通15丁目に史跡表示板「小熊秀雄居住地」あり。

今野大力詩碑 

今野大力詩碑
碑文
詩人が時代を先驅した
詩人が郷土を眞實に生かした
そんな言葉が
私の耳に流れては來ないかしら
そんな言葉が
地球のどこかで語られる時
私のからだは
墓場の火玉となって消えるだろう
建立
1985年6月2日建立
設置場所
常磐公園内(旭川市常磐公園)
文学者
今野大力(1904~1935)
詩人。旭川で郵便局員等として働きながら詩作を発表。碑文は詩「やるせなさ」の一節 。旭町1条1丁目に史跡表示板「今野大力居住地」あり。

井上靖詩碑

井上靖詩碑
碑文
私は十七歳の、この町で生れ、
今、百歳の、この町を歩く。
 
すべては、大きく変ったが、
ただ一つ、変らぬものありとすれば、
それは、雪をかぶったナナカマドの、
あの赤い実の洋燈。
 
一歩、一歩、その汚れなき光に、
足許を照らされて行く。
 
現実と夢幻が、
このように、ぴったりと、
調和した例を知らない。
 
ああ、北の王都・旭川の、
常に天を望む、凛乎たる詩精神。
それを縁どる、
雪をかぶったナナカマドの、
あの赤い実の洋燈。
建立
1990年9月19日建立
設置場所
旭川信用金庫本店前(旭川市4条通8丁目)
文学者
井上靖(1907~1991)
小説家。旭川生まれ。碑文は、旭川開村100年に当たる1990年に来旭した折、講演で朗読した自作詩。揮毫も靖自身による。

宮沢賢治詩碑

宮澤賢治詩碑
碑文
旭川。
 
植民地風のこんな小馬車に
朝はやくひとり乗ることのたのしさ
「農事試験場まで行って下さい。」
「六條の十三丁目だ。」
馬の鈴は鳴り馭者は口を鳴らす。
黒布はゆれるしまるで十月の風だ。
一列馬をひく騎馬従卒のむれ、
この偶然の馬はハックニー
たてがみは火のやうにゆれる。
馬車の震動のこころよさ
この黒布はすべり過ぎた。
もっと引かないといけない
こんな小さな敏渉な馬を
朝早くから私は町をかけさす
それは必ず無上菩提にいたる
六條にいま曲れば
おヽ落葉松 落葉松 それから青く顫えるポプルス
この辺に来て大へん立派にやってゐる
殖民地風の官舎の一ならびや旭川中學校
馬車の屋根は黄と赤の縞で
もうほんたうにジブシイらしく
こんな小馬車を
誰がほしくないと云はうか。
乗馬の人が二人來る
そらが冷たく白いのに
この人は白い歯をむいて笑ってゐる。
バビロン柳、おほばことつめくさ。
みんなつめたい朝の露にみちてゐる。
建立
2003年8月2日建立
設置場所
北海道旭川東高等学校前(旭川市6条通11丁目 )
文学者
宮沢賢治(1896~1933)
詩人・童話作家。碑文は、樺太への途上で旭川に立ち寄った際に詠んだ詩。作中の「旭川中学校」は現在の旭川東高等学校を指し、同校付近には史跡等表示板「宮沢賢治 立寄り地」(旭川市6条通12丁目左)がある。

歌碑(建立年順)

九条武子歌碑

九条武子歌碑
碑文
たきつ波ましろう白う岩にちる 神居古潭のくもれる真晝
建立
1956年5月16日建立
設置場所
旧神居古潭駅舎付近(旭川市神居町神居古潭。神居大橋を渡った対岸)
文学者
九条武子(1887~1928)
歌人・教育者。碑文は、講演活動の一環で旭川を訪れた際に立ち寄った神居古潭の美しい景勝に感銘を受けて詠んだ歌。

酒井広治歌碑

酒井広治歌碑
碑文
わが見るや川筋ひかる野のかなた 照りしづもりし遠の街屋根
建立
1958年6月25日建立
設置場所
嵐山公園(旭川市江丹別町嵐山・上川郡鷹栖町 )
文学者
酒井広治(1894~1956)
歌人。旭川育ち。東京で北原白秋に師事し、帰郷後は歌壇や歌誌での取り組みを通じて旭川の短歌文化の醸成に尽力した。

若山牧水歌碑

若山牧水歌碑
碑文
野ぶどうの もみぢの色の深けれや からまつはまだ 染むとせなくに
建立
2007年7月建立
設置場所
春光台公園(旭川市字近文5・6線3号~5線5号)
文学者
若山牧水(1885~1928)
歌人。碑文は、陸軍第七師団の参謀長であり牧水の歌人仲間でもあった齊藤瀏を訪ねて来旭した折に詠んだ歌。その際に牧水と交流し大きな影響を受けた瀏の娘・齋藤史も、歌人として旭川の自然や風土について多くの歌を詠んだ。

石川啄木歌碑

石川啄木歌碑
碑文
  • 名のみ知りて縁もゆかりもなき土地の 宿屋安けし 我が家のごと
  • 伴なりしかの代議士の 口あける青き寝顔を かなしと思ひき
  • 今夜こそ思ふ存分泣いてみむと 泊りし宿屋の 茶のぬるさかな
  • 水蒸気 列車の窓に花のごと 凍てしを染むるあかつきの色
建立
2012年4月13日建立
設置場所
旭川観光物産情報センター(JR旭川駅東コンコース前 宮下通8丁目3番1号)
文学者
石川啄木(1886~1912)
歌人・詩人。碑の4首は、釧路へ向かう途中で旭川に一泊の宿をとった際に詠まれたものであり、いずれも歌集「一握の砂」に収録されている。そのほか、紀行文「雪中行」でも旭川の印象が記された。

句碑(建立年順)

石田雨圃子句碑

石田雨圃子句碑
碑文
秋の雲 大雪山に 収まらず
建立
1941年10月建立
設置場所
慶誠寺境内(旭川市豊岡5条4丁目)
文学者
石田雨圃子(1884~1952)
俳人。高浜虚子に師事したホトトギス派の俳人として、北海道の厳しい冬や大自然をありのままに詠み、北海道俳壇の興隆に寄与した。碑が設置されている慶誠寺の二代目住職としての顔も持つ。

阿部みどり女句碑

阿部みどり女句碑
碑文
郭公や 美田の底に 鎮む魂
建立
1968年10月建立
設置場所
永山屯田公園(旭川市永山3条18丁目)
文学者
阿部みどり女(1886~1980)
俳人。父は北海道庁長官や陸軍第七師団長を歴任した永山武四郎であり、その縁から碑文は「屯田兵第三大隊本部跡」碑の裏面に刻まれている。

藤田旭山句碑

藤田旭山句碑
碑文
雪虫の 夕くれ 青し旭川
建立
1979年10月7日建立
設置場所
旭山公園(旭川市東旭川倉沼)
文学者
藤田旭山(1903~1991)
俳人。旭川で高校教諭として務める傍ら、師事した室積徂春から「淡泊、透徹、水の如き」と好まれる作風の句を多く残した。

川柳碑

敦賀谷夢楽川柳碑

敦賀谷夢楽川柳碑
碑文
陽の露のめぐみ 柳の芽が 育ち
建立
1956年6月建立
設置場所
上川神社境内隣接(旭川市神楽岡)
文学者
敦賀谷夢楽(1886~1955)
川柳人。旭川川柳の草分けたる存在であり、その功績から門人たちにより北海道で初となる川柳碑が建立された。

お問い合わせ先

旭川市教育委員会 社会教育部文化振興課

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