ASAHIKAWA 100 PRIDE~旭川偉人伝Vol.6
市制施行100年を超える旭川市。その歴史は大きな志を抱いた、先人たちによる挑戦の積み重ねです。このコーナーでは、全国や世界で活躍されている旭川市出身の方をご紹介します。
ワークマン、カインズ、ハンズなどを中心に全国に2000店舗以上展開し、グループ売上高は1兆円を超えるベイシアグループ。その中核を担う「ベイシア」で代表取締役社長を務める旭川出身の相木孝仁さん。楽天をはじめ名だたる企業でも活躍した経営のプロに、今津市長がお話を聞きました。
株式会社ベイシア代表取締役社長 相木 孝仁さん
昭和47年旭川生まれ。旭川東高校卒業。平成6年明治大学政治経済学部卒業後、日本電信電話株式会社(現NTT)入社。平成11年米国コーネル大学ジョンソン経営大学卒業(MBA取得)後、ベイン・アンド・カンパニージャパン・Inc.入社。平成14年株式会社ツタヤオンライン入社。平成19年楽天株式会社入社、傘下のフュージョン・コミュニケーションズ株式会社取締役就任。楽天にて最年少(当時)の常務執行役員に就任。その後、株式会社鎌倉新書取締役社長、パイオニア株式会社取締役兼常務執行役員を歴任し、令和3年株式会社ベイシア取締役副社長を経て、代表取締役社長に就任。
テニス一色の「旭川人生」
市長
高校まで旭川で過ごされました。
相木
そうですね。高校卒業後に旭川を離れました。やっぱり旭川が好きで、実家もありますので、今もちょくちょく帰ってきています。私の「旭川人生」はテニス一色でした。中学校は軟式で全道優勝。全国大会にも出場しました。高校からは硬式に切り替えましたが、北海道チャンピオンまでは届かず、悔しかったですね。だから、大学は一番厳しく強くなれるところへと強豪の明治大学を選びました。テニス部員はほぼ推薦。私は一般入試だったので、最初は「君、大丈夫?」と心配されていました。それでも後には関東で準優勝。一応キャプテンも務めさせてもらいました。テニスで自分の基礎ができた感じですね。
勢いでアメリカ留学
市長
大学を卒業後は就職、そして経営の道を目指すことになるんですね。
相木
最初はNTTに入社しました。いろいろと見て経験を積むうちに、勉強をしたい気持ちが強くなり、会社の派遣制度でアメリカのビジネススクールに行かせて欲しいと手を挙げました。そしたら「入社2年目で何を言っている」と怒られて、「じゃあ、辞めて自分で行きます」と勢いで。アイビーリーグ(8大難関私大)のコーネル大学で2年間大学院に通いました。同級生たちと「いつかは会社を引っ張る立場になりたい」と話をする中で、経営に携わって生きていくことを決意し、経営に近いところで勉強するためにコンサルティング会社に入社しました。
楽天では難しい事業の請負人
市長
コンサルタントとして経験を積まれ、TSUTAYAオンライン、そして楽天でのご活躍ですね。
相木
楽天とのご縁は、先輩に「三木谷さんに会ってみないか」と誘われたのがきっかけです。実際にお会いして「楽天は40の事業をやってるから、楽天市場以外ならどれを選んでもいいよ」と言われ、私もいつか事業をやりたいと思っていたので、断る理由がありませんでした。でも、実際はなんでも好きに選べるわけもなく、当時、東京電力さんから買収した電話会社、現在の楽天モバイルの源流ともいえる事業を担当することになりました。赤字が年間数十億円の会社でしたが、これを黒字化できたことが、経営者として生きるための最初の一歩となりました。
その後は、その時々の楽天で一番難しい事業を請負人のように担当していました。ある日、三木谷さんに食事に誘われて、嫌な予感はしていたんですが、買収したカナダの電子書籍「Kobo」が数百億円の赤字を出しているから、現地に行って立て直してくれと言われ、住んでいた家も売って、小さかった子供も連れて、家族全員でトロントへ行ったこともありました。運よくいろんな方々に助けられ黒字化することができましたが、その後はイスラエルやスペインで買収企業を任され、楽天ヨーロッパではCEO、楽天では最終的にデジタルコンテンツの常務になりました。難しい事業の立て直しを続けるうちに少し自信がつき、楽天の看板なしでもやれることを証明したくなり、退社の意向を三木谷さんに伝えました。「楽天でもっと世界を変えるようなことをやろう」とも言われましたが、1年くらいかけて理解してもらい卒業しました。今でも仲良くしていただいていますよ。
「強いチーム」をつくる そして、信じて託す
市長
現在はベイシアで代表取締役社長をされています。店舗では旭川物産展も開催いただいています。
相木
ベイシアにはグループのオーナーに誘っていただきました。現在、140店舗あり、前橋みなみモール店など食品や衣料で売り場が2500坪ほどもある巨大店舗もあります。旭川物産展はこれまで3回開催していますが北海道、旭川の食材は何を扱っても鉄板です。商品を選ぶのはバイヤーですが、僕からはこれを仕入れてとか、あれを扱ってと指示はしません。ただ、彼らもこの地域のものの良さは見れば分かります。
市長
皆さん優秀な方々ですもんね。スタッフの皆さんの能力やモチベーションを引き出すことも経営においては重要だと思います。
相木
私からは指示するのではなく、ヒントをさりげなく示すだけ。少しすると「思いつきました!」と提案を持ってきてくれます。自分で考えて行動することが大切なので、先に正解を示さず任せて、自ら考える機会を大切にしています。そして、企業の発展には、業種業界関係なく「強いチームをつくる」ことが大切です。育てて、足りなければ連れてきて、とにかく強いチームを組成して、その人たちを信じて託す。すると組織が前に動き、元気になるんですよ。もちろん、時には痛みを伴うこともありますが、会社は絶対によくなります。
旭川から世界へ 大きな夢を描いて挑戦を
市長
経営者として挑戦を続ける相木 社長にとって旭川とはどんな存在でしょうか。また、旭川の若い世代へのメッセージをお願いします。
相木
私は旭川出身であることを、いろんな場面で明言しています。誇りに思っているからです。自分を育ててくれた場所であり、恩返しをしたいという気持ちも強くあります。旭川には素晴らしいものがそろっています。観光資源、雄大な自然、おいしい食べ物、人もいい。今は技術発展により、私の高校生の頃と比べて、旭川と世界の距離は大きく縮まっていて、情報格差もないし、旭川にいるから不利ということはほぼないと思っています。旭川に定着してもよし、一度、飛び出して違う場所で頑張って帰ってくるのもよし。そのための環境が旭川には十分に備わっています。ぜひ旭川から世界に向けて大きな夢を描き、挑戦して欲しいです。
現在相木さんが社長を務めるベイシア
群馬県前橋市に本社を置き、関東、東海を中心にショッピングセンターを展開。その店舗数は140店舗にも上る(令和8年7月現在)。令和8年2月期の売上高は3,615億円で、相木社長が就任してからわずか5年で600億円増加。従業員数は11,000人を超える。ベイシア設立以来、生え抜き社員以外から社長が就任するのは相木社長が初めて。
結び
あさひばしでは、旭川偉人伝を不定期連載しています。旭川の良いところをみんなに広めよう!













