ASAHIKAWA 100 PRIDE~逸品編Vol.7
東芝ホクト電子株式会社 工業用マグネトロン
78年前の昭和20年8月15日。ラジオで天皇陛下の終戦詔書が放送されたわずか1時間後に、創業式が挙行された工場が旭川市内にあります。東芝の旭川工場、現在の「東芝ホクト電子」。旭川市に本社と工場を置く、日本最北の電子部品製造・販売会社です。その社員の1人から、興味深い話を聞きました。
世界中で今、人工的に生産する「合成ダイヤモンド」が引く手あまただといいます。子供が鉱山の中に入って採掘する児童労働への懸念から、宝飾用では天然ダイヤモンドが敬遠されているためです。産業用でも合成ダイヤモンドの市場が拡大しています。その製造に欠かせないのが、「マグネトロン」という機器です。
「マグネトロン」の名称は聞き慣れないかもしれませんが、実は電子レンジの心臓部に当たるものです。電子レンジは微弱な電磁波(マイクロ波)で食品を温める仕組みですが、このマイクロ波を発生させて食品中の水分子を振動させ、摩擦熱を生み出す機器がマグネトロンです。
東芝ホクト電子が製造する電子レンジ用マグネトロンは、業界屈指の高効率で知られました。現在は同社のタイ工場に生産移管されましたが、電子レンジ用で培った技術をベースに、旭川工場では現在、工業用マグネトロンを手掛けています。品質と耐久性の高さで定評のある製品を生み出し、世界シェアが35%に達する機種もあります。
同社の強みは、着実に増強されてきた充実の設備と、市場に出す前の高いハードルである厳しい品質認定システム、そして熟練の認定技能者です。工場内では機械化を進めつつも、金属の接合など手作業で行われる工程も多いため、職人の技が光ります。また製造だけでなく販売も担っているため、納入先のメーカーなどを毎月訪問し、工業用マグネトロンを組み込んだ製品とうまくマッチしているか確認。細やかな改善につなげています。
工業用マグネトロンは合成ダイヤモンドの生産のみならず、私たちの身近な暮らしを支えています。大規模な食品加熱や木材の乾燥、タイヤ用ゴムの加熱工程、医療機器の殺菌、穀物の殺虫、下水汚泥処理などに使われています。近年では高出力型の工業用マグネトロンが求められる傾向にあるといいます。そのため同社では、妨害電波によるノイズを抑えつつ出力を高められる技術を日々開発しています。
さらに、合成ダイヤモンドに続いて注目されているのが、各国で開発競争が熱を帯びる半導体です。北海道内でも国家戦略として半導体関連の産業集積が期待されています。ダイヤモンドを基板に使ったものは「究極の半導体」と呼ばれ、実用化が近づいているとされています。工業用マグネトロンの活躍の場はもっと広がるかもしれません。
同社では平成27年に工業用マグネトロンの製造に乗り出し、現在の生産量は当時の10倍にまで増えています。令和4年度(事業年度)に約130億円だった会社全体の売り上げは、令和12年度(同)には2倍近い226億円に増加する見通し。世界における工業用マグネトロンの需要拡大が大きなビジネスチャンスをもたらし、業績に貢献していきそうです。
「戦後一番の平和産業」として、電球の製造から事業を始めた現・東芝ホクト電子。時代の変遷に合わせてブラウン管やディスプレイ管など多くの精密機器を世に送りだしてきました。空襲の危険を避けるための「工場疎開」の先として選ばれた旭川ですが、一年を通して湿度が低く、豊富な水と自然がある点は、精密な電子部品の製造にも好条件でした。人手の確保や製品の運搬でも旭川のアドバンテージがあります。マグネトロンの開発を担うマネジャーの菅野晋さんは「世界に誇る、業界をリードする技術が旭川で開発されていることを知ってほしいです」と語ります。
マネジャー 菅野 晋さん