アイヌ文化振興基本計画 関係年表

情報発信元 文化振興課

最終更新日 2016年2月24日

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関係年表
1443年 安東盛季が蝦夷島に逃げ渡り、この後、多数の和人が移住
1457年 コシャマインの戦い
1593年 豊臣秀吉、蠣崎(松前)慶広に朱印状を与え、蝦夷島の支配権を公認
1669年 シャクシャインの戦い
1720年頃 場所請負制が一般化する
1789年 クナシリ・メナシの戦い
1807年 近藤重蔵、天塩川から愛別川を経て石狩川を下り、神居古潭に至る
1845年 松浦武四郎はこの年から6回にわたり蝦夷地を探検、虐げられたアイヌの生活を記録(上川には1857年、1858年の2回来訪)

1869年

(明治2)

開拓使設置、蝦夷地を「北海道」と改める。場所請負制を廃止。兵部省石狩役所、上川アイヌに石狩への移住を命令、クーチンコロの抗議で解消

1871年

(明治4)

戸籍法制定、アイヌを「平民」に編入。開拓使、アイヌの開墾者に家屋・農具を与え、独自の風習を禁じ、日本語を強制

1872年

(明治5)

開拓使、北海道土地売貸規則、地所規則制定。開拓使役人高畑利宜が上川の地勢・アイヌ等を調査

1876年

(明治9)

開拓使、アイヌの仕掛け弓猟を禁止、代わりに猟銃を貸与

1877年

(明治10)

北海道地券発行条例制定(アイヌ住居地を官有地第三種に編入、一部に所有権付与)

1878年

(明治11)

開拓使、アイヌの呼称を「旧土人」と統一

1882年

(明治15)

開拓使廃止、函館・札幌・根室の3県設置(上川郡は札幌県管轄)

1886年

(明治19)

3県を廃止して北海道庁設置。北海道土地払下規則制定

1889年

(明治22)

道庁、アイヌの食料分として許されていたシカ猟を禁止

1890年

(明治23)

上川郡に神居・旭川・永山の3村を設置

1891年

(明治24)

屯田兵400戸、永山村に入地開始

1892年

(明治25)

上川郡に神楽村・鷹栖村を設置。旭川村に屯田兵400戸入地

1894年

(明治27)

近文アイヌ36戸に、給与予定地150万坪のうち49万坪を割り渡す

1897年

(明治30)

「北海道国有未開地処分法」制定(150万坪を限度に開墾した土地は無償付与)

1899年

(明治32)

「北海道旧土人保護法」制定(1万5,000坪以内の土地を無償付与、教育・共有財産管理などを規定)。大倉組、鷹栖村字近文で第七師団建設請負工事着工(1902年竣工)

1900年

(明治33)

道庁、近文の給与予定地の大倉組への払下げを決定し、近文アイヌに天塩への移転を命じる(第1次給与地問題)。鷹栖村総代人ら、近文アイヌの給与地移転に反対し「旧土人留住請願書」を道庁に提出(2月)。鷹栖村有志とアイヌ代表上京、政府要人に給与地移転中止を陳情(4月)。道庁長官、近文アイヌの留住を認める(5月)。旭川村を旭川町と改称

1901年

(明治34)

「旧土人児童教育規程」公布(和人児童と区別する簡易教育、1908年廃止)

1902年

(明治35)

師団所在地を含む鷹栖村字近文・近文台を旭川町に編入

1903年

(明治36)

近文アイヌ38人、道庁に移転嘆願書を提出(第2次給与地問題)

1906年

(明治39)

道庁、旭川町にアイヌ給与地として46万坪の貸付を許可(旭川町はアイヌに1戸当たり1町歩を貸し付け、残地は和人に有償で貸与

1910年

(明治43)

旭川町、近文アイヌ居住区にに上川第五尋常小学校設置(1918年豊栄小学校と改称 1922年廃止)

1914年

(大正3)

旭川町に区制施行。近文アイヌ第1回農産品評会開催(上川第五尋常小学校)

1916年

(大正5)

第2次「旧土人児童教育規程」公布。川村アイヌ記念館開設

1922年

(大正11)

旧土人児童教育規程廃止(アイヌ児童の教育を一般規程に準拠させる)。旭川町が市政施行

1923年

(大正12)

前年死去した知里幸恵の『アイヌ神謡集』出版

1930年

(昭和5)

道庁の主唱により北海道アイヌ協会設立(旭川地方の同族不参加)

1932年

(昭和7)

アイヌ給与地の旭川市への貸付期間満了に伴い第3次給与地問題発生。旭川市会議員・近文アイヌ代表、給与地付与を求めて上京、各方面に陳情(4月)。近文アイヌの荒井源次郎ら上京、陳情運動を行う(6月、11月)

1934年

(昭和9)

「旭川市旧土人保護地処分法」制定(近文アイヌ49戸に、1戸当たり1町歩の土地を付与、残地は共有財産)

1937年

(昭和12)

北海道旧土人保護法改正(付与地の譲渡規制緩和、住宅改良資金の給付制度等新設)

1946年

(昭和21)

社団法人北海道アイヌ協会設立(静内)

1949年

(昭和24)

近文の旧アイヌ共有地の借地人への売渡しが確定

1961年

(昭和36)

北海道アイヌ協会、名称を「北海道ウタリ協会」に変更(「ウタリ」utariとは「同胞」の意)

1964年

(昭和39)

旭川において北海道アイヌまつり開催

1967年

(昭和42)

杉村キナラブック、旭川市指定無形文化財アイヌ伝承文学の保持者として認定される

1970年

(昭和45)

旭川市長の提案により全道市長会が北海道旧土人保護法廃止を決議

1972年

(昭和47)

北海道、ウタリ生活実態調査実施。嵐山に「アイヌ文化の森・伝承のコタン」開園。旭川アイヌ協議会発足。戸籍から「旭川区旧土人給与地で出生」の記載撤廃

1974年

(昭和49)

「第一次北海道ウタリ福祉対策」開始

1980年

(昭和55)

旭川市、公園用地とされていた「近文アイヌ墓地」を墓地として認める

1984年

(昭和59)

アイヌ古式舞踊が国の重要無形民俗文化財に指定される。北海道ウタリ協会総会、「アイヌ民族に関する法律(案)」を決議

1987年

(昭和62)

平取町二風谷と旭川にアイヌ語教室開設

1988年

(昭和63)

北海道知事の諮問機関「ウタリ問題懇話会」が北海道旧土人保護法の廃止と「アイヌ新法(仮称)」制定の必要性を答申。道・道議会・ウタリ協会の三者が一致して国に要請

1990年

(平成2)

北門中学校校庭に知里幸恵文学碑建立(翌年より毎年「銀の滴降る日」開催)

1992年

(平成4)

北海道ウタリ協会理事長が国際連合「世界の先住民の国際年」開幕式典で演説

1996年

(平成8)

内閣官房長官の私的諮問機関「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」が報告書提出

1997年

(平成9)

二風谷ダム訴訟で札幌地裁、アイヌ民族を先住民族と認める(3月)。「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」制定
北海道旧土人保護法と旭川市旧土人保護地処分法廃止(5月)。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構設立(11月)

北海道「アイヌ民族を理解するために」(平成14年)、旭川市「目で見る旭川の歩み」(平成2年)を基に作成


アイヌ文化振興基本計画(目次)

  1. はじめに
  2. 推進する施策
  3. アイヌ文化の歴史と現在
  4. 関係年表
  5. 参考資料
  6. 基本計画策定までの取り組み
  7. アイヌ語表記について

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〒070-0036 旭川市6条通8丁目セントラル旭川ビル7階
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