【小さくて大きな出来事(グルーシャ編)】

最終更新日 2021年10月1日

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【小さくて大きな出来事(グルーシャ編)】

 突然ですが、飼育員というのは担当動物にとってどういう存在であるべきなのか。

 この考えは、動物園ないし、飼育員個人でも答えが違うと思います。


 今回はマヌルネコのグルーシャのお話。

 小獣舎の担当になって今年で3年目。

 ここ1.2年でマヌルネコの知名度が飛躍的に上がったなと感じることがとても多くなりました。

 最近では「マヌルネコのうた」も話題になりました。

 かくいう私はマヌルネコが旭山動物園にやってくるまで名前すら聞いたこともなく、3年間マヌルネコの飼育をしていても、まだまだ分からないことだらけです。

 一般の人が飼っているイエネコは、人間が飼いやすいように長い長い年月を経て改良を繰り返され現在の姿となっています。

 なので、世界最古の猫とも言われるマヌルネコは、イエネコのようにエサが欲しかったり、撫でて欲しくてすり寄ってくるなんてことはありませんし、近づこうとすると逃げていきます。

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隠れながらこちらの様子をうかがう

 とは言うものの、グルーシャなりに心のセーフティゾーンはしっかり決めているようで、来園者が檻越しに見る分にはリラックスしています。が、私が来園者と同じ位置で見ていると警戒されてしまいます。

 毛づくろいや、うたた寝の途中でも、ひとたび私が視界に入ると大慌てで高台の岩場に逃げ込み、体をかがめて警戒モードに入ります。

 私が見ている間は、エサも食べないし、収容の時間になっても帰ってきません。

 なので、私は担当者でありながら、いまだにグルーシャの欠伸や、砂浴びなんか見たことがありません。

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目が合っている間は帰ってこない

 そんなこんなで、私よりも来園者の前の方がリラックスしているので、「あぁ、グルには格別嫌われているんだなぁ」と思っていました。

 実際、飼育員は動物に好かれていると思われている方が多くいますが、飼育員ではなくて、エサの入ったバケツや、鍵の音に反応していることがほとんどです。

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毛づくろいを見られていたことに動揺して固まる


 話は進みますが、今年の春はマヌルネコの放飼場を一新しました。

 3メートルを超える丸太などは一人で運べるわけもなく、チェーンソーで切り分けて運んでいたので、グルーシャにとっては相当騒がしかったと思います。

 当のグルーシャは寝室内のいつもいる高台の定位置からじっとこちらを見ていました。

 同期間に小獣舎の扉の改修工事を業者が行ってくれました。

 いざ業者の方を獣舎に入れるとグルーシャの姿がどこにもありません。

 結果的にはグルーシャは、寝室にある小屋の中にひっそりと隠れていました。

 確かに寝室に小屋はあるのですが、今まで全く使っていたことも、使った形跡も全くなかったので、グルーシャが小屋に入っていたことにとても驚きました。

 先ほど述べたように、私がどれだけ目の前でチェーンソーを回していても、丸太をガタガタ運んでいても高台から見ていただけなのに、知らない人が建物に入るだけで、小屋の中に逃げ込むグルーシャ。

 そんな姿を見て、実は誰よりも信頼できる存在になれているんだなと勝手に嬉しくなりました。


 冒頭に述べた、飼育員のあり方。

 飼育員になった時から変わらない私個人の回答は、「たとえ嫌いな人間という種の中でも、最も信頼される存在でなくてはならない」です。

 私は、旭山動物園の飼育動物はペットではなく、あくまで野生動物の延長であると考えているので懐かれる必要はないですし、人間を避けるのも当たり前のことだとも思っています。

 今までそういった信念をもって取り組んできた仕事で、自分の目指していた姿になれていたと感じさせてくれた、小さくて大きな出来事でした。


 これから冬になり、毛変わりもしてより丸々ずんぐりとする季節です。

 今年は放飼場にも雪がたくさん入るようになっているので、雪の中を探索するグルーシャも見れるかもしれません。

 先述した通り私はそんな姿は見れないと思うので、見れた方はぜひ教えてくださいね。

(小獣舎・両生類ハ虫類舎 担当:鈴木達也)