平成17年 「行き過ぎた表現をお詫びします」

最終更新日 2005年6月7日

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たくさんのご意見を頂きありがとうございました。
市役所の方に質問などのメールを頂きましたので、
やはり公式な場で回答をさせて頂きたいと思います。

はじめに、これまでの文章が感情に走ってしまったことなど、
動物園の公式コメントとして到らない点があったことを心からお詫びいたします。
また、プロと素人の表現は、
たとえば物を販売する側(プロ)と購入する側(素人)といった意味で、
来園者を見下す意図は全くありませんでした。
情報を提供する側、発信する側に対してのお願いのつもりでした。
不愉快に感じられた方にお詫びいたします。

最初の文章を書いたのは、次々と「立つ」レッサーパンダが現れ、
何秒立った、次は歩いた、立ち姿がどうとエスカレートし、
明らかに立つことは危険と思われる種までもが「立った」とメディア紹介されていた時でした。
それらは、自然な行動の中で立つのとは、明らかに異質な「立つ」であり、
立ち姿だけを切り取って報道されていることに違和感を感じましたので、
「見せ物」という表現をしてしまったのです。

「所詮見せ物の動物園が『見せ物』とは何事だ」、
「旭山だってエサで釣って動物に『芸』をさせているではないか」とのご意見も頂きました。
動物園は動物を展示しています。
遊園地や物を売るのであればマイナーチェンジやモデルチェンジをして
目先を変えたり時代に合わせることができます。
でも動物は変えられません。
では、動物園の動物が普遍的に愛され続けるにはどうすればいいのでしょうか?

私たちは、動物たちのありのままを、生き生きとした姿を伝えよう、
そのためにはそれぞれの種が持っている行動を発現させて、
能力を十分に発揮させてあげようと考えました。
気持ちよさそうにしている動物を見て
「つまらなく」と思う人はいないのではないかと思ったからです。

過去の動物園は、野生での当たり前の行動をほとんど発揮させることができず、
生きている姿・形だけを見せていたのではないでしょうか。
うちのオランウータンの空中散歩、彼らは気が向いた時に行ったり来たりしています。
オランウータンの体のつくりの必然性、生活ぶりが一番よく伝わる行動です。
でも、高所を腕渡りしている場面を目撃できる機会はそう多くはありません。
来園者の滞在時間は2~3時間が平均です。
その時間の中でもこの腕渡りを見てもらえないかと考え「もぐもぐタイム」を企画しました。
生きる基本である食べ物を得るために、
オランウータンが、種として獲得した行動をたくさんの方に伝えたいと思ったからです。
ホッキョクグマもしかりです。
ただ、来園者の中には「オランウータンの空中ショーは何時から?」とか
「解説はいいから早くやれ」との声も聞かれます。
さらにはオランウータンにさせているわけではないので渡らない時もあります。
そうなると「『渡らないですね』とは何事だ!」とクレームをつけてくる人もいます。
ですから、旭山動物園のもぐもぐタイムは
「これはショーや芸ではありません…」と言ってから始まります。
ただ、うちの動物園も「切り取って」紹介されていることがあるのも事実です。
私たちの伝え方の未熟さも加わって、
たくさんの誤解を生んでいることは反省しなければいけないと感じています。

さて、家で飼っているネコがソファーで寝ているのを見て気持ちが和むのに、
多くの人は、動物園でライオンが寝ていると、なぜ「つまらない」と思うのでしょう?
ライオンはもう見飽きたからなのでしょうか?
飼っているネコを見飽きることはないと思います。
それはきっと成長の過程を見続けていて、命として感じているからではないでしょうか。
動物園の動物も命を持っています。
命として伝えられれば、命が流行ったり飽きられたりするはずはないと思います。
私たちは、いいところだけをつまみ食いするのではなく、
においや気配など全てをありのままに伝えていきたいと考えています。

芝刈りをしている時、驚くほどたくさんの種類の虫やカエルが出てくると、
“どこか少し、刈り残しておこう”と思う人がいます。
アリの巣がたくさん見つかると、“
ひとつくらいは駆除せずに残しておいてあげよう”と思う人がいます。
私たちは、来園された方々の心にそんな気持ちが芽生えたり、育ってくれることを願っています。
それが私たちが目指す動物園ですので、
これからも試行錯誤を続けて少しでも理想に近づいていきたいと思います。
環境保護、野生動物の保護、地球温暖化問題、
それらは、頭の中の理解からはどこか他人事で、
一人一人の行動には結びつきにくいと思います。
問題解決に向けて心が動くこと、
何事もここから始まるのではないでしょうか。
現実には、自然を破壊することも守ることも、
そこに価値があるのかないのかさえ人間が決めてしまっています。
そこにどんなすばらしい命が存在していて、
それらがとても尊く愛おしいものであるかをどこかで伝え続けなければならないと思います。
それが動物園の大きな役割なのだと信じています。
動物園は「見せ物」ではないはずです。

最後になりましたが、動物園の関係者、特に飼育に携わっている方々に
配慮を欠いたコメントとなったことを心からお詫びいたします。
他人事とは思えずに書いてしまいました。
皆さんの動物に対する思いを踏みにじる気はありませんでした。

これで私の意見は終わりにします。
たくさんのご意見を頂きました。
ありがとうございました。
心から感謝致します。