| アイヌと元の戦いの歴史 |
そ の 他 |
1264年
11月30日 |
元に服属していたサハリンのニブフが(吉里迷)が,アイヌ(骨嵬)が毎年やって来て境界を犯すと訴えたため,元軍がアイヌを攻撃する(「元史」巻2) |
1260年
クビライ,モンゴル帝国第5代皇帝に即位 |
1265年
3月21日 |
アイヌがニブフを殺害する
(「元史」巻6) |
1271年
マルコポーロ,フビライに謁見する |
1274年11月
元寇「文永の役」 |
1284年
11月25日 |
元軍がアイヌを攻撃する
(「元史」巻13) |
1281年夏 元寇「弘安の役」 |
1285年
11月4日 |
元軍が1万人の兵でアイヌを攻撃する
(「元史」巻13) |
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1286年
11月3日 |
元軍が1万人の兵と1千艘の船でアイヌを攻撃する(「元史」巻14) |
1296年
2月 |
ニブフのホフェンとブフリがアイヌに投降して悪事をなす(「元文類」巻41) |
1294年
クビライ没し,モンゴル帝国は衰退に向かう |
1297年
5月 |
アイヌのウァインがニブフの船に乗って大陸のチリマ岬に渡り,乱をなす(「元文類」巻41) |
1297年
永仁の徳政令発布される |
1297年
6月5日 |
アムール川下流域のヒチホトンで元軍がアイヌを破る(「元文類」巻41) |
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1297年
8月 |
アイヌのブフスらがニブフの「打鷹人」を虜にしようとしているので,これを攻撃するようニブフが訴える(「元文類」巻41) |
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1305年
6月 |
アイヌが大陸のナムホやチュモ河などを襲撃・略奪し,元軍が追跡するも及ばず(「元文類」巻41) |
1305年
モンゴル一族のカイドゥによる乱,45年ぶりに終結 |
| 1308年 |
アイヌのイウシェンヌとウァインらが償いとして刀と鎧を差し出し,毎年毛皮を献上することを約して帰順する(「元文類」巻41) |
1307年
第6代皇帝テムル没し,その後内乱が相次ぐ |
| ※元文類:諸作家による文章を蘇天爵が編集,1334年に成立。国朝文類とも呼ぶ。 |