収蔵物は語る

第59回 交易の民アイヌ Z
元との戦い
UPDATE / H22.6.2

現在展示中/1F奥側壁面


アイヌと元の戦いの歴史 そ の 他
1264年
11月30日
元に服属していたサハリンのニブフが(吉里迷)が,アイヌ(骨嵬)が毎年やって来て境界を犯すと訴えたため,元軍がアイヌを攻撃する(「元史」巻2) 1260年
クビライモンゴル帝国第5代皇帝に即位
1265年
3月21日
アイヌがニブフを殺害する
(「元史」巻6)
1271年
マルコポーロ,フビライに謁見する
1274年11月
元寇「文永の役」 
1284年
11月25日
元軍がアイヌを攻撃する
(「元史」巻13)
 
1281年夏
元寇「弘安の役」
1285年
11月4日
 
元軍が1万人の兵でアイヌを攻撃する
(「元史」巻13)
 
 
1286年
11月3日
 
元軍が1万人の兵と1千艘の船でアイヌを攻撃する(「元史」巻14)
1296年
2月
 
ニブフのホフェンとブフリがアイヌに投降して悪事をなす(「元文類」巻41)  1294年
クビライ没し,モンゴル帝国は衰退に向かう
1297年
5月
アイヌのウァインがニブフの船に乗って大陸のチリマ岬に渡り,乱をなす(「元文類」巻41) 1297年
永仁の徳政令発布される
1297年
6月5日 
アムール川下流域のヒチホトンで元軍がアイヌを破る(「元文類」巻41)  
1297年
8月
アイヌのブフスらがニブフの「打鷹人」を虜にしようとしているので,これを攻撃するようニブフが訴える(「元文類」巻41)  
1305年
6月
アイヌが大陸のナムホやチュモ河などを襲撃・略奪し,元軍が追跡するも及ばず(「元文類」巻41)  1305年
モンゴル一族のカイドゥによる乱,45年ぶりに終結 
1308年 アイヌのイウシェンヌとウァインらが償いとして刀と鎧を差し出し,毎年毛皮を献上することを約して帰順する(「元文類」巻41) 1307年
第6代皇帝テムル没し,その後内乱が相次ぐ
※元文類:諸作家による文章を蘇天爵が編集,1334年に成立。国朝文類とも呼ぶ。
 第53回で,サハリンに進出していったアイヌについて説明しましたが,今回は大陸の「元」の王朝(大モンゴル)との戦いについて説明します。

 1264年,元はアイヌ排除のため,兵を送り,サハリンや大陸まで支出してくるアイヌとの戦いが始まりました。派遣された元の兵は1万人であったと記録されており,実態はよくわかりませんが,アイヌ掃討のため,かなりの規模の人員がサハリンに送り込まれたようです。

 元とアイヌの戦いは一進一退を続けます。サハリンの西南端クリリオン岬にある白主土城は,宗谷海峡を渡るアイヌを阻止するため元が築いたものではないかとも考えられています。

 戦いは一世紀以上続き,アイヌの北上は一時停滞する形となりました。また一方で,元軍もアイヌをサハリンから全て駆逐することはできなかったようです。その後,14世紀半ばに元の勢力が後退することにより,本格的にサハリンはアイヌの人たちの居住圏になったと考えられています。