【12日間】
少し昔の話をしましょう。
昨年・2015年9月9日、アムールトラのザリアが出産しました。
しかし、産室の環境に馴染んでいなかったザリアは育児放棄してしまいました。
やむなく、回収した子3頭は人工哺育することになりました。
毎日3時間おきに哺乳瓶で授乳。深夜は担当者、早朝は獣医と交替でおこないました。
初めて子が哺乳瓶にチュッチュッと吸い付いたときは、思わずホッとしました。
子も懸命に生きようとしている。
動物用ミルクの在庫はわずかだったので、急きょ大量に発注をかけました。
本来、子の糞尿は母親が舐めとってしまいます。授乳の後は、ぬるま湯で濡らしたペーパータオルを母親の舌に見立て、おしりをトントンして排便・排尿を促します。
しかしそんな人工哺育が始まって間もなく・・・生後2日目にはメスの子1頭が死亡してしまいました。
さらに3日目にはもう1頭のメスも死亡。
残るはオス1頭のみ。この1頭だけでも、なんとか生かさなければ。
トラは体重の性差が大きく、出生直後でもメス900gに対し、オスは1200gでした。動きも活発で、最も生育が見込まれました。
オスの子はミルクもよく飲み、体重も順調に増えていきました。
この間に、獣医が他の動物園に電話して、トラ人工哺育のデータやノウハウを教えていただいたので、それを参考にミルクの量を計算していきました。
9月20日、生後12日目には体重1850gに成長していました。
なんとか軌道に乗ってくれたか、と思われた矢先・・・9月20日夜に容体が急変し、最後の1頭もあっけなく死亡しました。
最後の子が死ぬ間際、それまで閉じていた瞳がうっすらと開きました。瞳は美しいキトン・ブルーでした。
その瞳にぼくの姿は映っていたのでしょうか。
トラ育児生活は、わずか12日間で終わりました。
自分にでき得るすべてを投じるつもりでのぞんだ人工哺育でしたが、1頭も生かすことはできませんでした。
挫折感と睡眠不足による疲労で、ただ茫然とするしかありませんでした。
もはや使い道のなくなった大量のミルクが、むなしく積みあげられていました。
今からちょうど半年前の出来事でした。
(つづく)
もうじゅう館担当:大西敏文